だれかに話したくなる本の話

【「本が好き!」レビュー】『森の人々』ハニヤ・ヤナギハラ著

提供: 本が好き!

ノートン・ペリーナ博士(71)は、1974年にセレナ症候群という病気を発見した功績で、ノーベル医学賞を受賞している。その病気は、身体壮健のまま数百年も生きるが、脳だけは衰えるというものである。ミクロネシアのイヴ・イヴ島にのみ生息する希少種のカメを食べることによって、発症する。 博士が養子にしたのは、調査で訪れたイヴ・イヴ島から連れ帰った孤児たちだった。

1997年12月3日のロイターの記事では、ペリーナ博士に実刑判決が下ったことを伝えている。
収監された博士は、獄中での有り余る時間に、自伝を執筆する。
その自伝の内容が、物語の大半を占める。

自伝では、博士の出生から獄につながれるまでが語られているが、過半が、セレナ症候群とその原因となるカメを発見したイヴ・イヴ島での数か月の出来事である。
そのとき博士は26歳の若き研究者だった。有名な人類学者の調査旅行に医者として同行したのだった。

文明から隔絶したイヴ・イヴ島。その森の中で生きる人々。
文字はないが、語り継がれる怪異な神話。
狩猟民族らしく成人男子はみなシンボルとして槍を持つ。
日常生活の中で頻繁に行われる性的な儀式。
人々は短命で六十歳まで生きる人はまれだが、六十歳の誕生日を迎えた人は、あるカメの肉を祝いに食べる。その後、その人の肉体は不死となる……

ひそかにカメの肉をアメリカに持ち帰った博士は、ネズミを使った実験を始める。
その研究の成果を発表したのは、29歳の時だった。
その後も、博士は、調査のために何度もイヴ・イヴ島を訪れた。
博士の論文がきっかけとなり、島は文明に”汚染”されていった。
アメリカの資本が入りこみ、樹木は伐採され、森は街に代わっていた。
高温多湿の気候。裸で暮らしていた人々は、無理して服を着ていた。
男たちは槍を手放し、貧しい労働者になっていた。
製薬会社の乱獲により、カメは絶滅してしまった。

博士が初めての養子を迎えたのは、44歳の時だ。
森の暮らし(原始的な共同体)を破壊された人々は、急変した生活様式の中で、子の養育を放棄してしまっていた。親はあっても孤児同然の子どもたちがたくさん生まれたのだ。博士は、そういう子のひとりを、アメリカに連れ帰ったのだった。
その後、イヴ・イヴ島を訪れるたびに、博士は子どもを連れ帰った。男の子が多かったが、女の子もいた。養子の数は43人に膨れ上がった。博士は彼らを家に住まわせ、衣食を与えるだけではなく、大学、能力のある子には大学院まで行かせた。

博士は、生涯妻を持つことはなかった。女性には興味がなかったようだ。
自伝の端々に彼の性的嗜好のようなものが垣間見える。
少年時代、もう一人の自己ともいえる双子の兄に”愛”を感じた瞬間。
はじめてイヴ・イヴ島に行ったとき、男性の人類学者を”美しい”と感じる瞬間。
イヴ・イヴ島の森の中で、現地の少年に内股を触れられ、恍惚となる瞬間。

さいしょから意図していたのか、結果的にそうなってしまったのかは、わからないが、博士は、精悍で野性的な肉体を持つ少年たちを集めて、”愛の園”を作ってしまっていたのだ。

「補遺」として自伝から削除された部分が、こっそり(?)載せられているが、その内容は、ああやっぱりと思わないでもないが、かなり衝撃的なものである。

(レビュー:紅い芥子粒

・書評提供:書評でつながる読書コミュニティ「本が好き!」

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森の人々

森の人々

1950年、若き免疫学者ペリーナは、人類学者の調査に同行して南洋のイヴ・イヴ島へと向かう。森の奥深くに住む部族と、集落から疎外されてその周囲を徘徊する人々を調査するうち、彼は驚くべき発見をする。それにより科学者として名声を手に入れたペリーナだが、そのことが島や彼自身の人生に恐ろしい代償を強いるのだった…実在の科学者をモデルにしながらも、作家独自の世界観を圧倒的筆力で描いた話題作。衝撃のデビュー作。

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