だれかに話したくなる本の話

【「本が好き!」レビュー】『推し、燃ゆ』宇佐美りん著

提供: 本が好き!

宇佐美りん作「推し、燃ゆ」を読みました。2021年度芥川賞受賞作です。

女子高生のあかりは、推しの真幸がファンを殴ってネットで炎上した、というニュースを知りました。あかりは勉強も出来ず、学校では忘れ物ばかりしていました。保健室に入り浸って病院を紹介され、2つほど診断名が付きましたが、薬を飲んで気分が悪くなり、通院も中断していました。楽しいのは推しを推している時だけでした。推しを最初に好きになったのは、彼が12歳でピーターパンを演じ、それを4歳のあかりが観に行った時でした。彼が何度も言う劇中の台詞、大人になんかなりたくないよ、という台詞を自分のための言葉だと思いました。あかりにとって大人になるのは辛い事だったのでした。

真幸はアイドルグループ、まざま座で活動していました。あかりは真幸の活躍をブログにアップしては、彼も彼の作品もまるごと解釈し、ブログはなかなかの人気でした。ある記事で、真幸くんは人を引き付けておいて同時に拒絶するところがある、と書き、人気を博しました。たまに予想もつかない表情を見せる真幸でしたが、今回の殴打騒動の理由は見当もつきません。あかりにはなんとも言えませんでしたが、これまでどおり推す事だけは決まったのでした。その事をブログで告知しました。

出来の良いあかりの姉は、いつも苛立つ母親の顔ばかりうかがっていました。祖母は父の海外転勤の折、自分一人が日本に残る事を拒否して母親と姉妹を日本に残しました。祖母は胃ろう手術を受けて寝たきりになり、3人で介護していました。ブログでは快調に更新を続け、ファンとの交流も持つあかりでしたが、実人生では全くうまくいきません。学校に呼び出され、押しグッズを買うための居酒屋バイトに明け暮れていました。そのバイトすら覚束なく、客や店主に助けられてなんとかこなしている有り様でした。推しだけが輝いていたのでした。

推しはあの事件で炎上し、今回の人気ファン投票では最下位でした。もう生半可には推せない、推し以外に目を向けまいと思うあかりでした。あかりにとって推し行為は、既に神への苦行と化していたのでした。しかしあかりは学校では問題視されていました。留年が決定し、あかりはそのまま中退しました。姉はしばらく休めと言いましたが、母親の体調は悪化しました。そんな中、祖母が亡くなりました。父親も一時帰国しました。

父親はあかりに、就職活動はしているか?と訊ね、母親は、コンサートに行く余裕はあるのに半年間なにも活動していない、と父親に言いました。ずっと養う事は出来ない、期限を切ろうと言いました。姉は祖母の家で独り暮らしをしろとあかりに言い、生活費をもらってバイトを辞める事にしました。正確には、無断欠勤を続けた結果、首になったのでした。あかりは週刊誌で、真幸が誰かと同棲しているという記事を読みました。しかしあかりにはどうでも良い事でした。そろそろ真幸のインスタライブの時間でした。

ライブで真幸は衝撃発言をしました。グループは解散し、真幸は引退すると言うのでした。祖母の家で暮らして4ヶ月たちましたが、あかりは何一つ前に進んでいませんでした。家は汚部屋でした。次第に生活費も振り込まれなくなって来ました。解散会見では真幸の左手の薬指に指輪がはめてありました。しかも真幸の住所はファンによって特定されていました。最後のライブに自分の持つ全てをささげようとあかりは決めました。。。

なるほど。。。神は死んだのですね。。。あかりにとって推しとは神にほかならず、推し行為とは宗教に似たものでした。全く同じ主題の小説を唯川恵先生が、「天に墜ちる、第7話」で書いておられ、二番煎じかという気持ちで読んでいたのですが、宇佐美先生の推しとは、これまでに登場したものとははるかに次元の異なるユニークなものでありました。

推しの終わりを自らに告げる行為があの程度のものであった事も、芭蕉の俳句のように、重い物語に素敵な軽みをつけるものであったかと思われました。いや素晴しかった。今の若い方々のしたたかさを見せてもらった思いでした。

(レビュー:rodolfo1

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推し、燃ゆ

推し、燃ゆ

推しが炎上した。ままならない人生を引きずり、祈るように推しを推す。そんなある日、推しがファンを殴った。

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